#02:conceit (1)

「総務部用度課から来たみょうじです。ご指導よろしくお願いします」
 
 目の前の背の高い眼鏡を掛けた三白眼の男に、なまえは簡潔に挨拶する。
 とっつきやすそうな見た目では決してない。外見を裏切らず、人を威圧しようとする自分を隠さない人だ。
 
 初対面だったら気後れの一つもしそうだが、一度備品の関係でやり取りがあったなまえはそこまでの苦手意識はなかった。
 あの時は備品の差配が自分にあるというアドバンテージがあったからかもしれない。
 
「風見だ。俺も不在が多いと思うが……よろしく頼む」
「はい」
「机は向かいの空いている席を。俺の不在時に何かあれば一係の人間に聞いてくれ」
 
 風見の席の斜向かいの席を視線だけで指し示す。他の島に比べると明らかに不在の席が多く、取っ散らかし具合も他の比ではない。見た瞬間、うわあ、と心の中で喚きたくなった。
 
「分かりました。……風見さん」
「何だ」
「私は何をさせて頂ければいいですか?」
 
 そもそも公安部でも各課に課内庶務担当の一係が存在しており、事務・補助はそちらが幅を利かせている筈だ。それこそ、なまえを敢えて風見の下に配置する理由はこれと言ってない。風見周辺だけがこうも荒れているというのが不思議な位だった。
 
「午前中は取り敢えず自席回りの整理と近隣の島へ挨拶だな。用度課の方の片付けは?」
「先週しておきましたので、荷物の移動だけです」
 
 今後の展望を尋ねたつもりが短期的な今日中の予定しか分からなかったので、取り敢えずは質問に返事をしておく。
 あくまで人員貸与扱いの為、デスクは用度課の方に残したまま。必要最低限の資料や文房具を持ち込むだけで事足りるようにはしてあった。
 
「分かった。それじゃあ……と、悪い」
 
 打合せの最中に、風見が振動したスーツの下からスマホを取り出して中断する。はい、だの了解しました、だの短過ぎる会話は事務的で、スマホ越しに微かに聞こえてきたのはなまえも知っている人の声だ。
 
「すまないが、招集がかかった」
 
 いかつい見た目とは正反対に、上司には従順。大型の日本犬みたいだな、と微笑ましささえ感じた。
 
「そのようですね」
 
 労わるようななまえの微苦笑に、風見も表情を緩める。
 二人の間には、二人を振り回して憚らない上司がいる。彼にとってはその秘密の共有自体が稀なことで、他よりもなまえにシンパシーを感じやすいのかもしれない。
 
「いつ戻れるか分からないから適当に俺の席の資料室のファイルを戻しておいてくれないか。あと、調べて欲しいことをメールで送る。場所ややり方は一係の方で確認してくれ」
「えっ!?」
 
 パソコンの電源を落とし、必要最低限のものを持った上で、風見はなまえに大雑把で適当極まりない指示を飛ばす。結局挨拶しかしていない引継ゼロの状況でその仕事の丸投げっぷりたるや。せめてもう少し内容を確認したいと食い下がろうとしたなまえの努力は無駄に終わった。
 
「風見さん!?」
 
 流石、公安刑事。瞬発力と足の速さが一般人とは違う。あっという間に居なくなった新上司に呆れながら、忙しいのだから仕方あるまいとも諦める。
 視線を出入り口から風見の机にちらりとずらし……うんざりした。これの片付けとは、なかなかの重労働を軽く言ってくれる。
 
「……段ボール、取りに行ってきまーす」
 
 離席を告げる相手もいやしない。はぁ、と溜息を吐いたなまえを、周りの同情の目が生温く見守っていた。